海外レポート:SaaStr2019 カテゴリー創出@Gainsight

 by 弘子ラザヴィ

 

“Gainsight”は、カスタマーサクセスプラットフォームの世界トップブランドです。日本でも出版された彼らの著書『カスタマーサクセス』(2018年、英治出版刊)でその名を一度は耳にした方も多いのではないでしょうか。

 

Gainsightは、単なるソリューションベンダーという以上のブランド価値を誇っています。それは「カスタマーサクセス」という新しいカテゴリーを創出した価値です。

 

現CEOニック(写真、ピンクの上着の男性)が参画した2013年当時、カスタマーサクセスという概念は米国でも認知がほぼゼロでした。ニックほか経営メンバーは「カスタマーサクセスという新カテゴリーを創る!」と覚悟を決め、会社の成長とシンクロさせながらカスタマーサクセスを世に広める活動を精力的に推進してきました。最近はその功績が認められ、様ざまな章を受章しています。

 

「カテゴリー創出」の意味を少し補足しましょう。

 

「カテゴリー」は分類学上の言葉で、個々のプロダクトやサービス単位よりは大きく、提供価値の単位でユニークな分類です。新たなカテゴリーが創出されると複数プレイヤーが存在する市場が1つできあがります。

 

カテゴリーを「創出する」とは、認知ゼロのカテゴリーを「啓発する」ことです。つまり、最低数年かかる啓発活動への投資にコミットするのと同義です。なお筆者は経営コンサルタント時代、お客さまに「カテゴリー創出は賢い選択肢ではありません」と断言しました(それは今でも正しいと思っています)。

 

2019年2月に米国サンノゼで開催されたSaaStr 2019で、GainsightのCEOニックとCMOアンソニーが一緒に登壇しました。この二人が一緒に登壇するのはとても珍しく、さらに話の内容はカスタマーサクセスではない、という点に興味を抱き、私は最前列で聴講しました。そして個人的に大いに刺激を受けました。

 

日本でも、新しいカテゴリーを創出するぞ!と気概をもって活躍中の方は多いと思います。そういう方のお役に立てばと思い、アンソニーの丁寧なブログ記事を末尾に紹介します。

 

アンソニーがブログに記載していない当日プレゼンで紹介された3つの学びを付記します:

 

1) コミュニティに関する学び:
・ So many lessons from open source
・ Huge value of branding separate from the company
・ “Momentum” is important
・ All about connecting people
・ This is your product, too!

 

2) コンテンツに関する学び:
・ Authentically get into the daily mindset of the community
・ Don’t just focus on content related to your product
・ Go for reach (LinkedIn posts, blogs) over capture (gated)
・ Podcasts work really well
・ The book is a huge amount of effort, but honor to run to reach a broad audience

 

3) ブランドに関する学び:
・ Blurred lines between company, culture, community
・ Conferences create a great opportunity to break the walls
・ Needs to be authentic to company
・ Have no shame!

 

実は今日、シリコンバレーのGainsight本社でアンソニーと打ち合わせをしました。「今、カテゴリー創出に関する本を執筆中なんだ、日本の皆さんにもぜひ読んでほしいな」とのことです。続報が届いたら皆さんにお伝えします!

 

注:著者Anthony Kennada氏の許可を頂き原文の和訳を紹介します


カテゴリー創出の5つの要諦 & それが超難しい理由

 

先週、弊社CEOのニック・メータと私はSaaStr 2019で登壇し「カスタマーサクセス」という新カテゴリーを6年間かけて築き上げた経験からの学びについてお話しました。お陰様で、聴いてくださった皆さんの反応は概ね好意的でした。

 

最もお伝えしたかったのは、新しいカテゴリーを創出することは、既存のカテゴリーの攻略に比べて格段にやり甲斐があるが、同時に恐ろしく難しいことでもあるという点です。

 

ハーバード・ビジネス・レビューによると、新カテゴリーの創出に成功した企業は、既存市場の攻略・破壊に成功した企業に比べ、収益成長は彼らの53%、時価増加額は同74%と低調でした。最近は、起業家やマーケターに「カテゴリー創出は考えるな」と警告する記事も見かけます。警告までいかなくても、カテゴリー創出のリスクを熟知するよう助言しています。

 

それでも私たちは行く手に待ち受ける困難を知りながら、カテゴリー創出することを選択しました(映画「マトリックス」のネオが敢えて赤い薬を選択したように!)。

 

SaaStr 2019では、カテゴリー創出における重要な5つのこと、そしてカテゴリー創出が恐ろしく難しい理由について話しました。以下はその要点です。

 

 

1. アナリストの言うことは聞き流す(特に最初は)

B2Bの世界で新しいカテゴリーを創出する時はアナリストたちの意見が決定的に重要だ、と誰もが信じています。アナリストのいる会社は、独自の2マス× 2マス(注:田の字)分析や専門的分析を駆使し、それぞれのプロダクトやサービスのカテゴリーで上手く事業を運営する方法や、各カテゴリーのトップブランドを検証したい会社に対して有用な情報を提供する事業で大きな成功を収めています。

 

私たちはGainsighを設立してすぐに主要なアナリストの会社と契約し、私たちのプロダクトやバリュープロポジション、そしてカスタマーがどのように私たちのテクノロジーを使うかなどを彼らに説明しました。その後に得た回答は、彼らの調査実績を踏まえて定義した既存カテゴリーに基づく分析の結果、「Gainsightは『先端のカスタマーサポート会社』カテゴリーに属する」でした。

 

 

私たちは、その意見を聞き流しました。

 

聞き流してよいと思った理由の1つは、カスタマーサクセスマネジャー(以降、CSM)という職種が存在したことです(Salesforceが命名して確立した職種だと思っています)。この職種はかなり新しく、まだ未熟で、そして過小評価されていました。私たちは、アナリストのアドバイスは無視し、代わりにCSMとして活躍する人たちを応援してSCMのヒーローをつくる会社になろうと決めました。

 

それは成功しました。

 

アナリストを否定する気はありません。アナリストが私たちをどのカテゴリーに分類しようが関係なく、カスタマーサクセスという世界自体が大きく変化したのです。

 

こんにち、カスタマーの声はますます影響力をもち始めています。テクノロジーの進化と共に現れたG2CrowdTrustRadiusのような会社を通じて、カスタマー自身がカテゴリーの存在や各カテゴリーのトップブランドを評価し決定する手段を手にしました。

 

最終的にカテゴリーの成否を決めるのはカスタマーです。最も優れた企業は、単にカテゴリーの存在を世に知らしめるに留まらず、カスタマーと協働して新しいプロセスや成果指標の基準を定義するなど、カテゴリーが発展する上で重要な様ざまな役割を果たします。

 

新たなカテゴリーはたった1社だけで創出できるものではありません。たくさんのカスタマーとのやり取りの中から自然発生したり、よりフォーマルな専門家集団の議論に基づいたりなどの違いはあれ、周辺を巻き込んで創り上げていく必要があります。

 

「その通りだ!」とあなたの意見を肯定してくれる人は誰もない、それがカテゴリー創出のつらい所です。

 

つらいのですが、もし私たちがアナリストや友人や周囲の人たちの意見に耳を傾けていたら、カスタマーサクセスという新たなカテゴリーは生み出せなかったでしょう。

 

2. プロダクトだけでなく、人にフォーカスする

あらゆるカテゴリー創出ストーリーに必ず共通するのは、どんな事業にも解決しようする課題の裏には「人」が存在しているという点です。

 

テクノロジーは重要です。特に人が抱える課題を解決するサービスの世界はテクノロジー無しに存在しえません。しかし、カテゴリーを創出する時、特に初期段階においては、ある革新的な技術に基づく機能や特性が存在してもカテゴリー創出に役に立つことはほとんどありません。

 

Gainsightは、最初はCSMの仕事にフォーカスしたコンテンツ制作に徹底して投資するという賭けにでました。ebookのマーケターたちは、当時の私たちのebooksを「初期段階」のコンテンツだと言うでしょう。その内容は、CSMの報酬をどう設計すべきか、CSMの業績をどう評価すべきか、カスタマーサクセスへの投資についてCEOをどうやって説得するかなどでした。

 

私たちは賭けに勝ち、投資は報われました。

 

そこで次は、コンテンツ制作から更に活動領域を拡大し、「Pulse(パルス)」ブランドを用いて、ソートリーダー(注:Thought Leader。新しい世の中に必要な革新的なアイディアや信念を掲げて業界の健全な成長を道先案内するリーダー)としての活動やコミュニティプログラム運営を開始しました。すべて、カスタマーサクセスを業界として成長させることを第一に考えた活動です。

 

 

 

私たちは業界の初期段階における標準化に貢献しましたが、それだけに留まりませんでした。カスタマーサクセスへの関心の高まりと、我々のコンテンツやイベントをきっかけに生まれる関心の高まりとを、Pulseというブランドをハブに共鳴させ加速させました。

 

私たちは今、”ライフスタイルブランドとしてのカスタマーサクセス”ブランドを築き長続きさせることを議論しています。私たちはカスタマーサクセス業界に携わる人たちとリアルに関わり、彼らのキャリア構築のパートナーになっていきたいと考えています。

 

CFOや投資家たちはこうした考え方を理解してくれるとは限らない、それがカテゴリー創出のつらい所です。

 

カテゴリー創出は高くつきます。例えば、カンファレンスの主催には大きな投資が必要です。投資を認められないこともあります。投資を正当化するには、具体的な定量化は無理でも、少なくともマーケティングファネルへ与える効果を明確にする必要があります。

 

カテゴリーを創出するには、そのカテゴリーやブランドが、何よりもまずファネルの入口段階でより多く想起され、かつファナルを進む勢いがより増していくことが必須です。

 

3. 自ら体現者となって伝道する

カテゴリーを牽引していく存在のカテゴリー創出企業には、自説を唱えるだけでなく、自らがそのカテゴリー実務の世界トップレベルをいくお手本企業であることが期待されます。

 

Gainsightは、カスタマーサクセスを伝道する企業であることに留まらず、自ら理想的なカスタマーサクセスを実行する企業であることを目指しました。つまり、自社のテクノロジーを最もうまく使いこなすのは当然のこと、さらにその経験から学んだことを周囲の、特に私たちのソリューションを活用してくれるカスタマーの皆さんとシェアすることです。

 

 

創業から今に至るあらゆるタイミングで、CEOのニックを筆頭とする弊社の経営メンバーは、キックオフや全社ミーティングなど、現場のあらゆる活動に常に参加してきました。

 

業界カンファレンスやコミュニティ交流会、投資家向けイベントなど、カスタマーサクセスのメッセージを広められる機会があれば参加し、サブスクリプションモデルの事業が拡大するにつれてカスタマーサクセスがいかに重要になるかをお話しています。

 

こうした伝道活動において最良だった投資は、2016年に本を出版したことです。出版は大きな労力が必要でしたが、効果は絶大でした。出版後の3年間に4万部が売れ、私たちは早い段階からカスタマーサクセス界のリーダーであり伝道師であるという地位を確立できました。興味深いのは、本の月次売上は先細りするどころか、今でも勢いを増していることです。

 

自社事業を通じて「ボイス・オブ・ザ・カスタマー(注:自社カスタマーの本音ニーズ)」を集めなければいけない、それがカテゴリー創出のつらい所です。

 

VoCを収集することに経営メンバーの時間と労力を注ぐのは、そう簡単なことではありません。カスタマーを訪問したり業界イベントに参加したりすることは非常に価値あることですが、事業運営のための日々の仕事もこなす必要があります。

 

この問題を解決するため、私たちは社外の業界リーダーと協業する方法を取りました。既に信頼や発信力のある人と仲間になり、一緒にコンテンツを制作したりイベントで話してもらったりしました。

 

4. 信頼される存在であり続ける

人は、自分が信頼する人、尊敬する人、好きな人と一緒に仕事をしたいものです。従って、経営メンバーこそ、会社の目指す姿やバリューを体現する代表者としての姿を公にさらけ出す必要があります。

 

マーケターは、経営メンバーのそうした姿を周囲に伝えていく上で、彼らが一体どういう人間で、何を大切にしているのかなどを正しく世に伝える重要な役割を担います。

 

私たちは、Gainsightが目指す姿、つまりヒューマンファースト(注:何事も人を中心に据えて考える)を貫きながら事業で成功することは可能だということを証明する事例になることを、私たちのコアバリューと共に常に強調してきました。それは、私たちが企業体としてどのような存在なのか、何を重視して一緒に働く仲間、カスタマー、コミュニティメンバーを選択するのか、の指針になっています。

 

DocuSignの元代表でカテゴリー創出に4回も成功したキース・クラッハ氏は「時は金なり」と言います。

“信頼される存在であること(Authenticity)は、最も効果を発揮するリーダーシップの形だ。ビジネスの世界において、時は金だ。そして信頼関係をスケールさせる能力はスーパーパワーだ”

 

私はこの原則をマーケティングに当てはめ、市場における我々の信頼をスケールさせ、目指す姿やバリューにも光を当てることが私たちマーケティングチームの責務だと信じています。

 

そのため過去数年、様々なキャンペーンを展開しました(中にはクレイジーなものもありました):
・カスタマーと一緒にテイラー・スウィフトの「Blank Space」をアカペラでレコーディング
・カスタマーサクセスのミュージカル劇場パフォーマンス(唯一無二!)をプロデュース
・「FRIENDS」のライブパフォーマンス(登場人物チャンドラーがもしCSMだったら版)を主催
・Box社CEOのアーロン・レヴィ氏と一緒に車内カラオケ動画を撮影
・カスタマーサクセスのヒップホップ曲をレコーディングして販売(本当の話だよ)

 

上述のキャンペーン項目(それも実は一部ですが)を見て、B2Bの企業がこんなことをする意味があるのか疑問に思う方もいるでしょう。

 

現実は、B2Bの世界こそ、会社という存在とその企業文化やコミュニティとの間の線引きが曖昧です。企業対企業の取引ですが、ベンダー企業もカスタマー企業も実際は人間だからです。もし、信頼できるブランドだと見込み客に認識してもらえたなら、それが市場におけるリーダーシップや企業成長に与えるインパクトは計り知れません。実際、こうしたキャンペーンは私たちに新たなチャンスをもたらし、既存の売上パイプラインを加速させ、カスタマーのリテンションやNPSにまで良い影響を与えました。

 

信頼される存在になるためには自らの弱さや人間性をさらけ出さなければならない、それがカテゴリー創出のつらい所です。

 

経営メンバーが発信をする時は、彼ら自身が自分のコンフォートゾーンを抜け出して人間性を世にさらす必要があります。私のような内向的な人間には、それは苦痛を伴う努力が必要です。なおCEOのニックは、CEOが批判に身をさらすことの大切さについて素晴らしいブログ記事を書いています。

 

5. 長期的な利益を追求する

ゴールドマン・サックス・グループが投資銀行の世界であれほど成功したのは、10~20年経っても繁栄し続ける、世代を超えて続く会社を築こうとしたからだと言われています。大事なのは、短期的な視点で意思決定するのでなく、大きなビジョンを掲げてその軸をブラさないことです。

 

カテゴリー創出は、長く続く見通しが悪い道のりです。実を結ぶのに数年かかる取り組みも多いです。しかし、カテゴリー創出が進捗している兆候が現れたら、辛い努力も大きな達成感に変ります。

 

私たちが経験した兆候の1つは、LinkedIn上で把握できるカスタマーサクセス関連のプロフェッショナル職が増加しているというデータでした。2015年からその兆候があり、その後も世界中でCSMの数が毎年倍増に近い勢いで増え続けています。現在、求人中のCSMポジションは71,000件を超え、カスタマーサクセス関連の仕事をしている人のうち45%は米国外に住んでいます。

 

 

もう1つ良い兆候は、私たちが広めたいメッセージを第三者の専門家が肯定してくれることです。私たちは Accenture、Bain & Company、Deloitte、McKinsey & Company、そしてForresterやGartnerといった皆さん方と一緒に、カスタマーサクセスの事例紹介やコンサルティング活動に関与する幸運に恵まれました。

 

長期的な利益を追求していると、短期的な事業計画をたてることが… とにかく困難です、それがカテゴリー創出のつらい所です。

 

カテゴリー創出に必須の、長期的な視点と短期的な事業計画とをバランスさせる能力をマスターすること、それは恐ろしく難しいことです。

 

以上が、カテゴリー創出に重要な5つのこと、そしてカテゴリー創出が恐ろしく難しい理由についてお話しした内容です。最後には、皆さんがカテゴリー創出のどの段階にいようとも決して心折れないでほしい、と励ましの言葉でプレゼンを締めくくりました。失敗しても大丈夫です。Gainsightだって未だに解決策を模索しながら学んでいるんですから!

 

参考までに、登壇時に使った資料を以下にシェアします。

 

 

(原文)

 

YOU MAY ALSO LIKE

“受講後に社内勉強会を重ねチームの意識が急上昇、全...

READ MORE

“バラバラの点だった知識が線になり、次...

READ MORE