海外レポート:SaaStr2019 DropboxのCCOプレゼン

by 弘子ラザヴィ

 

高収益市場を攻略するポイント:Dropboxの2B攻略経験からの学び

 

Dropboxは2018年に1兆円上場を果たした元ユニコーンです。IPO申請時の登録会員は180ヵ国の5億人、うち有料会員は1100万人という典型的なフリーミアムモデルで、売上の9割超はセルフ・サーブ・チャネル(営業マンが介在せずユーザー自ら有料会員にアップグレードする)経由の事業です。

 

2019年2月5~7日に米国サンノゼで開催されたSaaStr 2019で、私は Dropboxのチーフ・カスタマー・オフィサー(CCO)である ヤミニ・ランガンさんのプレゼンに参加しました。アジェンダのお写真(下記)から想像したのとは別人の超迫力あるオーラをまとうヤミニさん。

 

 

お話の内容も「CCOだからボイスオブカスタマーの話かなあ」と想像したのとは全く別なガチ戦略の話でした。要所で「え、言っていいの?」と思う数字をバンバン紹介しながらのプレゼンは、個人的に大当りなセッションで、30分があっという間でした。とても面白かったので、カスタマーサクセスとは直接関係ないのですがレポートします!

 

テーマは “5 Myths That Stop SaaS Companies From Moving Upmarket with Dropbox”。

 

Dropboxの”Upmarket”はビジネス向け(2B)事業です。それは、個人向け(2C)に比べて収益が?20倍大きく、チャーンは少なく、予測がたてやすいためとても重要、ですが攻略には苦労したそうです。その経験からの学びを「信じてはいけない5つの神話」を軸に話してくれました。以下にポイントを紹介します。

 

 

1. トップ営業しようとしてはいけない 神話1 “Sell to the C-Suite”

他社での営業経験をふまえ、Dropboxの2Bでもトップ営業が一番よいと思ったが、それは大いなる間違いだった。何より時間がかかりすぎる。だいたい9か月、時には18か月もかかった。

 

Dropboxは個人(無料)で使っていた人の中から有料会員に、さらにビジネス会員になってくれる人が数%いる。そういう人(バイヤー)はどういう人かを深く理解し、バイヤーを見つけ出すことの方がずっと重要だった。

 

さらに、バイヤー候補者へさまざまな営業アプローチを試みたが、最終的には1つの営業アプローチ(one sales motion)に絞り込み、それを皆が愚直に展開するというのが一番効果的だ。

 

 

2. 売上高は営業の人数の関数ではない 神話2 “Grow your Sales Team”

売上(ARR)の等式は2種類ある。1つは、

 

ARR = AEの人数 × AE1人当りの営業生産性

 

当初、私たちはこの等式を前提にAE(アカウント・エグゼクティブ)をどんどん採用した。しかし大いなる間違いだった。皆さんもこの等式を信じてはいけない。AEを採用しすぎると1年後2年後に必ず解雇することになる。それはお互い苦痛以外の何ものでもない。

 

もう1つの等式は、

 

ARR = 契約機会の数 × 勝率 × ASP(平均売上単価)

 

契約機会の数は対象マーケットの特性から統計的に想定できる。勝率は競合との競争環境から想定できる。ASPは自社のプロダクト戦略を踏まえて設定(拡大)できる。

 

この等式は1つ目の等式よりずっと重要だ。なぜならAEを1名増やしても、契約機会数も勝率もASPもアップしないから(AEを増やしても意味がないことが分かるから)だ。

 

この等式における勝率を上げるため、数年前に私たちはデータサイエンスを活用した。アップセルの可能性が高いアカウントであることを示す20?40のシグナルを特定し、マシンラーニング技術を使ってスコアリングし、勝率の高いアカウントターゲットを見つけ出すことに成功した。

 

 

そうしてみつけたターゲットアカウントに対してAEがスケーラブルな営業アプローチをかけることで勝率が各段に上がった。同時に、全体的な販売費の効率も超改善(super efficient)させることに成功した。今では、Dropboxの2B事業の実に9割(!) はこうしてターゲッティングしたアカウントからの収益が占める

 

 

3. 営業サポートは営業を始めた時から必須 神話3 “Worry about support later”

「営業サポートの採用をいつ検討し始めたらよいか?」とCEOになったばかりの知人に質問された。私の答えは「昨日だよ!(今頃そんな質問するなんて遅すぎ!)」。

 

家を建てる時、まず正しい設計図がひける人を採用するだろう。全体がうまく機能する家を建てたければ必らず必要だ。営業もそれと同じ。営業サポートを採用するのは優れた営業戦略を考えることと同義だ。

 

先の等式における「勝率」を上げたければ、営業マン(AE;アカウント・エグゼクティブ)に加え、営業オペレーション(注1)、BDR(ビジネス開発レップ;注2)、営業ソリューションエンジニア(注3)、これらすべての人材を揃えることが必須だ。

 

あくまで目安だが、具体的な人数比は以下の通りだ:

・営業オペレーション:AE    = ASAP(アーリー)、 1:15(レイト)

・ビジネス開発レップ:AE    = 1:2(アーリー)、1:4(レイト)

・ソリューションエンジニア:AE = 1:2(アーリー)、1:4?6(レイト)

 

注1:社内に眠るデータを分析してリードの発掘・追跡・管理をしたり、コンバージョン率を管理する人。ウェッブ分析などより幅広いマーケティング支援を含むこともある

注2:リードへ電話をしたり面談アレンジをするなど、客先には行かず社内での営業活動を担当しAEへアポを繋げる人

注3:提案営業などのソリューション(営業の型)を開発する人

 

 

4. やみくもに海外展開しない 神話4 “Go global to grow fast”

Dropboxの登録会員は世界180カ国に住む5億人だ。早くから2Bも世界各国をカバーしようとした。

 

例えば、2014年にはオーストラリアと日本に同時進出した。どちらも人数規模は相応に大きく、インターネットのインフラも整っていて、一見とても魅力的な市場だった。しかし実際に進出してみると両市場は全く異なる相応の投資が必要だった。

 

オーストラリアはクラウド・ファースト、モバイル・ファーストで、SMBパートナーが大半の市場。日本は今でもソリューションプロバイダー(SIer)を通した契約が全般的に好まれ、日本人の営業マンが必要で、PCデバイスやモバイルは会社用と私物をハッキリ区別して使う作業環境が特徴の市場だ。両市場とも、現地にマーケティング部隊、サポート部隊などをおく必要があり、その投資も必要だった。

 

こうした経験からの学びは、リソースの分散を回避するため各国の市場を正しく評価して Go/ NoGoの意思決定をしてから進出すべし、だ。今、私たちは、優先順位を正しく評価する(ステップ1)、そしてファナル段階に基づくROIを評価する(ステップ2)というステップを踏む。

 

ステップ1の優先順位の評価は、簡単に言うと「契約機会の大きさ」×「エントリーし易さ」の2軸に基づき、Yes・Yesを第一優先、Yes・Noを第二優先とし、No・Noの市場は優先順位を落とすというやり方だ。

 

ステップ2のROI評価は、必要な投資を「トップ・ファネル(ブランドマーケティング投資)」、「ミッド・ファネル(営業サポート投資)」、「エンド・ファネル(現地で契約クローズする営業やポスト営業への投資)」に分類し、各市場がそれぞれのファナル段階にどれだけ投資が必要か判断して投資総額をはじき、見込めるリターンを踏まえて、ROIと投資回収期間をラフに評価するというやり方だ。

 

こうした2ステップを経て、ROIが見込める優先すべき市場から進出を果たすことがとても重要だ。

 

 

5. 競合に過剰反応しない 神話5 “Beat the competition”

現代の競争は必ずしもゼロサムゲームではない。SaaS事業には2種類ある。

 

 

1つは「記録型システム(System of Record)」。利用する会社の事業に関わる真実を伝えるデータのシングル情報源として役にたつシステムだ。事業カテゴリーはそれほど多くなく、例えば給与管理システムとか在庫管理システムなどだ。この領域で戦うなら競合とのガチ勝負を避けて通れない。

 

もう1つは「エンゲージメント型システム(System of Engagement)」。各社で用いる様々なシステムの中の1つという位置づけで採用される。SaaS事業の大半がこちらに該当する。その場合、様々なSaaSベンダー各社と共存共栄するシナリオを描くことができる。

 

現在は一般的に、ビジネスカスタマーが用いるアプリ(ソリューション)の数は平均36、うち毎日利用するアプリは最低でも10と言われる。Dropboxのビジネスカスタマーのうち、他社アプリと繋げて利用しているカスタマーは全体の75%で、彼らは残り25%のカスタマーよりもリテンション率とエクスパンション率が3倍高いことが分かっている。

 

まとめ

私たちは2B事業を通して、以下5点がとても大切だということを学んだ。

・ビジネスカスタマーの「バイヤー」を見つける

・営業チームを大きくする前に、勝率とASPを引き上げる

・営業効率よりも営業サポートに正しく投資(採用)する

・データに基づいてGoならば、海外市場へ進出する

・競合とはナイスに戦う(共存共栄を目指す)

 

(以上)

 


参考 ※ヤミニさんのプレゼンとは直接関係ありません。

「「1兆円上場」達成の米ドロップボックス、創業11年の歩み」by Forbes

YOU MAY ALSO LIKE

“初SaaSに戸惑いつつ着手。視界が変...

READ MORE

オンボーディングとは?意味や設定方法、日本企業での...

READ MORE