by Orie Maruyama
[シリコンバレー最新事例に学ぶ]Afterコロナのカスタマーサクセス、その展望
〜「UpdataNOW20」トークセッションより〜
DXの最先端であるシリコンバレーでは、昨今のコロナ禍でその進化がより一層加速。「ミーティング」と言えばすなわち「リモートミーティング」を指すようになり、「PLG(Product Led Growth)」がより注目されるなど、企業や事業のあり方が激変しています。そして結果、カスタマーサクセスは「イグジステンシャル(existential)」、つまり、生存に必須のものという認識がより広がっているんです。それは日本でカスタマーサクセスに携わる私たちにとって、何を意味するのでしょうか?
本記事では2020年10月に開催された『UpdataNOW20』に、サクセスラボ代表 弘子ラザヴィが登壇したセッションの内容を下敷きに、“Afterコロナ”のシリコンバレーの3つのHot Topicsをご紹介。またそこから窺えるカスタマーサクセスの展望についても言及します。
<目次>
【Topic1】コロナ前にはもう二度と戻らない ーGainsight社の事例ー
● リモートミーティングが当たり前になり、CEOの時間が民主化
● リモートワークが当たり前になり、世界中から社員が集まるように
● みんなの未経験が標準になる時代、カスタマーサクセスはより重要に
● Topic1から窺えるカスタマーサクセスの展望とは?
【Topic2】起きている未来、ニュークラウドサービス ーZoom社の事例ー
● モノ売りからコト売りへ。サービス化は加速する
● クラウドビジネスの次なるバージョンアップが盛ん
● Topic2から窺えるカスタマーサクセスの展望とは?
【Topic3】みんなキャッシュ、傷んでます ーテスラ社の事例ー
● 誰もが財布の紐をキュッ!サービスの選別はよりシビアに
● 新たな収益源を貪欲に模索。異業種参入も増えていく
● Topic3から窺えるカスタマーサクセスの展望とは?
【Topic1】コロナ前にはもう二度と戻らない ーGainsight社の事例ー
リモートミーティングが当たり前になり、CEOの時間が民主化
2020年3月に自宅待機令が発令されて早1年が経とうとしています。コロナ禍の日々を過ごして今、シリコンバレーでは、「ミーティング」の言葉は、あえてリモートをつけなくても「リモートミーティング」を意味するようにすっかり変わりました。かつては、「このお客様には」「このタイミングでは」など条件によっては対面での会議が存在しましたが、強制的に直接会えない状態になってみんなが気が付いたんですね。「なんだ、大丈夫じゃないか」と。
その結果、何が起きたか。通勤時間(アメリカは特に長時間のフライト)が要らなくなり、そして会議室のキャパシティに制約がなくなり、誰でもいつでも何人でも、同時に会議ができる。また記録が残るので、後からシェアすることもできる。結果、ご存知の通りミーティングの効率は非常に上がりました。
しかも、実は効率だけではなく、質も向上しています。今、シリコンバレーで起きているのは、“CEOの時間の民主化”です。かつては世界を飛び回っていたCEOも、その必要がなくなってアポが取りやすくなった。そして、彼らの時間の見える化が進みました。
こちらは、カスタマーサクセス・ソリューションを提供するGainsight社のCEOであるニック氏が主催する「ヒューマンファーストCEOシリーズ」という、ストリーミング配信に登場したCEOの面々です。1回約30分、内容はCEO同士が、「最近どう?」「あのニュースどう思う?」と、ランチがてら話していたような非常にカジュアルな内容です。今この瞬間の旬な意見が、より頻繁に、よりカジュアルに聞けるようになりました。
かつては、“情報を知っている”こと自体が特権の時代がありました。それがインターネットの登場とともに情報が民主化して、誰でも情報にアクセスできるようになった。そして、情報を知ることよりも、そこから何を考え、どう行動するのかが重要になりました。
今、起きているのは、同様の変化です。“CEOに会える”という特権が消え、彼らの時間、今考えていることに誰でもアクセスできるようになった。その結果、彼らの意見や考えからどんな洞察を得て、そこから自分は何をするのか、これがますます重要になってくるのだと思います。
リモートワークが当たり前になり、世界中から社員が集まるように
また、ミーティング同様に、今はあえてリモートをつけなくても「ワーク」といえば、「リモートワーク」を指します。こちらはTSIAという会社によるリモートワークへの意識調査結果です。約6〜7割の社員は、今後もリモートワークで問題ないという回答です。
シリコンバレーでは今、オフィスの概念が変わりつつあります。かつての“場”としてのオフィス、そしてそこに社員が集まる集約型のワークは衰退。代わりに、社員がいる場所がオフィスの分散型ワークになると言われています。
コロナの前までは、例えば西海岸に暮らす人は就職面談の際、「弊社は東海岸にオフィスがありますが、大丈夫ですか?」と聞かれました。「東海岸に引っ越せますか?」、あるいは「定期的に出張で来ることは可能ですか?」という意味です。それが今は一切聞かれないのだそうです。
働く人のいる場所が、これからはオフィスになります。つまり、アメリカに限らず、インド、中国など、どこに住んでいても構わない。世界中にいる優秀な人材をリクルートすることが当たり前の時代がやってきています。
みんなの未経験が標準になる時代、カスタマーサクセスはより重要に
続いて、面白い事例をご紹介します。京都にある妙心寺退蔵院の副住職、松山大耕さんのLinkedinの投稿です。こう書かれています。
“3年前からスタンフォード大の客員教師を拝命していますが、今年は京都からオンラインの授業になります。シラバスを作るときに言われたのが、「単に講義をしているところを映像で流すのであれば、子供が遊んでいるところを撮影しているのと変わらない。1本の映画を作るような気持ちで取り組んでほしい」。
学生さんもいろいろ工夫しながら社会状況に対応しているので、私たち教員も今までとは違った能力が求められるわけですから、即座に工夫し、対応しないといけないと思っています。”
かつてテレビが世の中に登場した当初、スタジオでラジオ放送する様子をテレビカメラでそのまま撮ってテレビに流していたそうです。その後のテレビの進化を知る私たちからすると非常に滑稽な話ですが、しかし今のこの時代、オフラインでやっていたことをそのままオンラインに持ち込むことは、もしかすると同じく滑稽なことをしている可能性があるわけです。
今、大切なのは、これまでのやり方をいったん置いて、オンラインならではのエクスペリエンスを追求した新しいやり方を試行錯誤することなのではないでしょうか。
事例をもう一つご紹介します。
こちらは世界最大のカスタマーサクセス・カンファレンス「Pulse(パルス)」の昨年と今年を比較した図です。主催のGainsight社は2020年5月、従来型のオフラインイベントを予定していました。それを完全オンラインに切り替える意思決定をしたのは、2020年3月末。
ここで大変興味深いのは、以下の数字です。
● 実施費:会場費など合わせて約2億円から、約2,600万円に減少
● 登録数:6,000人から2万2,000人へ増加(参加費は無料に)
● 1人当たりの実施費:約3万円から、1,000円程度に桁違いで減少
費用面だけではありません。カンファレンスのサイトを工夫することで、登録者がどのページに何分滞在したのかなどのログ情報を取得。一人一人の興味を分析し、スポンサーへより質の良いリード情報を提供できるようにもなりました。また、開催中も特定のセッションの聴講者にリアルタイムのポップアップメッセージなどで他のセッションやチャットルームへ誘導するなどの工夫も行ったそうです。
主催するGainsight社のCMO ステファニー氏はイベント直後、その舞台裏を記事で紹介しています。曰く、従来のオフラインイベントでは不可能だったことを、より大規模に実施でき、参加された皆さんの評判も良かった。今後のビジネス面へのインパクトを踏まえた、カンファレンスのROIを分析するのが楽しみ。そして、オンラインに切り替えると決めてからの45日間は本当に大変な日々だった。慣れ親しんだやり方、今までのやり方でいきたい誘惑に負けない。負けない、負けない、初心、初心と言い聞かせ続けました、ということです。
Topic1から窺えるカスタマーサクセスの展望とは?
誰もが未経験のことが未来の標準になる今、過去の経験則は足かせにもなり得ます。より大切なのは、早く試して、早く失敗して、そこから学ぶこと。そして、そんな不確実な時代を生き抜く企業が守るべき鉄則こそ、「答えはお客様のもとにある」、です。
つまり、カスタマーサクセスの重要性はより増すとともに、お客様を熟知しているカスタマーサクセスマネージャーは社内においてよりかけがえのない存在となっていくのは間違いありません。
【Topic2】起きている未来、ニュークラウドサービス ーZoom社の事例ー
モノ売りからコト売りへ。サービス化は加速する
Covid-19以降、日本に住む皆さんも生活が一変したと思いますが、それはシリコンバレーも全く同じです。例えば今、買い物に出ると、スーパーマーケットの中を歩いてる人のおよそ半数は、自分で買い物に来た人たち。けれど、残り半分ぐらいは、ピックアップサービスの人たちです。お客様から依頼を受けて商品をピックアップして、配達する人がスーパーに溢れているんです。従来なかったサービスがどんどん生まれているのを肌で感じています。
こちらはアメリカのTSIA社が、テクノロジー&サービス企業のトップ50社の公開情報を分析したものです。オレンジの線は各社のプロダクト、すなわちオンプレ製品やサーバーなどのモノ販売による収益の合計。青い線は各社のサービス、すなわちXaaSのほか、プロフェッショナルサービスやマネージドサービスといったサービス販売による収益の合計で、その10年以上の売上げの変遷を表にしたものです。2008年はオレンジのプロダクトの線が主流でしたが、2013年にはサービスが逆転し、2020年では完全にサービスが主流へ。その差はますます広がっていることが分かります。
このように、TSIA社がウォッチするような大企業の中では、サービス化の流れはもう議論の余地がない、決着済みのことです。そして今シリコンバレーでは、乗り遅れていた、あるいは躊躇していた中小企業がこの波に乗ろうとしているところです。このムーブメントが、シリコンバレーではDX最後のムーブメントになるであろうと言われています。
クラウドビジネスの次なるバージョンアップが盛ん
こちらは皆さんよくご存知の、オンライン会議システムを提供する、Zoomの株価トレンドです。
2020年3月16日、自宅待機令がサンフランシスコで発令。それ以前から株価は上がり調子でしたが、発令以降は勢いを増し、さらに8月末の業績発表後に思いきり跳ね上がり、この半年間で株価は実に4倍にも高騰しました。2020年10月時点の時価総額は約13兆円。すでにIBMの時価総額を超えています。
このZoomにはコロナ禍を追い風にした特需がありましたが、実は同様のオンライン会議システムを展開する競合の株価はそこまで上がっていないんです。その背景には、ZoomのPLG(Product Led Growth)という新しいXaaS流の戦略があると言われています。
PLGとは、これまで外部で行なっていたセールスやマーケティング活動を、プロダクトの内部で行うことで事業をグロースする戦略です。極論、営業もマーケティングもなく、プロダクトが素晴らしいがゆえに、プロダクトがプロダクトを売ってしまう、ようなものですね。
PLG戦略が実現した暁には、もうカスタマーサクセスすらプロダクトの中に入っていったり、あるいは企業全体のあらゆる機能、プロダクト、サービスがカスタマーセントリックになる未来がやってきます。
このPLGという言葉は、日本でほとんど知られていませんが、チームをわざわざ作らなくても、企業全体のカスタマーサクセスが推進される形、これが究極なんじゃないかと今、シリコンバレーでは熱く議論されていて、スタートアップに限らず大企業も、早く身に着けようと学び、実践する動きが非常に活発です。
(詳しくはこちらの記事「兆速成長するスタートアップの凄い秘密:Product-Led Growthという名の成長戦略」もご覧ください)
Topic2から窺えるカスタマーサクセスの展望とは?
ご承知の通り、デジタルトランスフォーメーションに成功するには、カスタマーサクセスが必須です。そしてこれからは、この波に遅れまいとする中小企業など、どちらかというと今までは躊躇してきた企業がカスタマーサクセスを実施していくフェーズに入ります。
つまり、今まで以上にカスタマーサクセスを実践して成果を出していく、カスタマーサクセスマネージャーの仕事人としての力量が問われていきます。
【Topic3】みんなキャッシュ、傷んでます ーテスラ社の事例ー
誰もが財布の紐をキュ!サービスの選別はよりシビアに
左の図は、TSIA社が実施したサーベイ調査の分析結果です。回答者の85%は、「契約額の総額がチャーンなどで縮小する」と予測。また69%は「営業費用をカット」、27%は「人員削減」をしていると答えています。まさにコストカットの嵐が吹いているんです。
また、右はGainsight社のCEOニック氏のツイートです。「CEO、CFOはみんな契約中のソフトウェアの支払い額のリストをExcelシートで作って毎日眺めているよ。成果が出ていない、活用されていない、使い勝手が悪いなど、継続基準を満たさないサービスのベンダーは一律にカットされる。継続と判断されるか否かは、まさにカスタマーサクセスが鍵を握る」と呟いています。
コロナ禍においては、スタートアップも大企業もみんなキャッシュが痛んでいます。誰しもがコスト削減にはかつてなく熱心です。また、クラウド市場そのものは追い風ですが、サービス単位で見た場合には、内容の吟味や選別、そして解約が容赦なく進んでいると言えます。
新たな収益源を貪欲に模索。異業種参入も増えていく
こちらはTSIA社が2020年に実施した、『TSWライブ』というカンファレンスの基調講演からの資料抜粋です。
左の図は、市場単位での経済トレンド、すなわち縮小・拡大・中立傾向が色分けされています。中立なテック市場の中には、オンライン会議システムなど拡大中の市場が存在しています。
右の図は、こうしたトレンドへの対応を4象限に分類したものです。マーケットとして拡大基調なのか縮小基調なのか、そこに加えてビジネスとしてどうかの視点でポジションが分かれています。同じマーケット、同じビジネスで頑張る企業もあれば、同じマーケットでビジネスを少しピボットして頑張る企業、そしてマーケットを変えてでも儲かるビジネスを始めようという企業もあります。
キャッシュが痛んでいる時には、コストを抑えるだけでは不十分。かつてないほど、収益を少しでも増やすべく、各社が努力しています。またこうした動きを受けて、これまで無縁だった、まったく違う分野からの強敵が現れる可能性も高まっています。
例えばコロナ禍の最中に時価総額がトヨタを抜いたテスラ。これは典型的な、異業種からの参入者が新しいマーケットを作った例です。2020年10月の現在、テスラの時価総額は、トヨタの約1.5倍。テスラはソフトウェアの会社ですので、“モノ”作りである車マーケットのトップの座を、ソフトウェア会社が奪った。それが、まさに今起きていることです。
テスラはXaaSでもありませんし、サブスクリプションでもありません。けれど、我が家はテスラユーザーなので、1ユーザーとして見て、あれほどカスタマーセントリックな会社はない、「売るまでではなく、売った後こそ大切」という考えを実直に行なっている会社はないと強く実感しています。カスタマーサクセスは、決して、XaaS専売特許ではないし、サブスクリプション型のサービスを販売する企業だけに関係するものではないのです。
Topic3から窺えるカスタマーサクセスの展望とは?
カスタマーの選別眼がより厳しくなり、業界のダイナミズムも変化するこの時代、クラウドやDXの申し子であるカスタマーサクセスは、ますますなくてはならない存在になってきています。
私の個人的な見立てですが、これからは単品のカスタマーサクセスを超えて、クラウドサービス全般に対してアドバイスができるニュータイプのカスタマーサクセスマネージャー(私はこれをクラウドCSMと呼んでいます)が、大いに活躍する時代がくるのではないでしょうか。
以上を踏まえて、私が最もお伝えしたいのは、カスタマーサクセスはイグジステンシャル(existential)だということです。
この言葉は今ここ数ヶ月、シリコンバレーで合言葉のように使われています。訳すと「生きるために必須のもの」、ないしは、「生死を分けるもの」。すなわち今カスタマーサクセスをやっていない企業というのは、死を座して待つのみ、という意味でもあります。
ただ、裏を返せば、カスタマーサクセスで活躍するリーダーは非常に期待の高い存在だということです。日本で活躍されているカスタマーサクセスのリーダーの方がた、世界は皆さんを待っています!一緒に頑張りましょう。
※ UpdataNow20セッションの詳細「シリコンバレーの今、Afterコロナで加速するカスタマーサクセスの展望【登壇】」もぜひ併せてご覧ください!
(以上)