先日のカスタマーサクセス勉強会では、リテンションや費用などの具体的なベンチマーク数字に関心が集まりました。皆さん数字と日々格闘しながらも、他社の数字はどうなのか?という視点で考える機会や情報が、日本語だとあまりないようです。
一方、海外(英語)では、VCや投資銀行はじめ、様々な組織がアンケート調査や独自大規模調査を実施し、時に定点観測的に実態を分析・公表しています。これらのデータは、背景や文脈を正しく解釈して活用することで自社事業の成長に役立てることができると思います。
今回はSaaS Capital社が公表している費用に関する独自調査レポートをご紹介します。
Saas Capital社はSaaS企業に特化した投資等サービスを展開してる米国企業で、これまでに43のSaaS企業へシリーズA, B, C 投資を行い、時価ベースで約4000億円の企業価値創出をサポートしています。
注:SaaS Capital社の許可を頂き原文の和訳を紹介します。なおチャートは一部編集しています。
世界トップクラスのSaaS企業は何をお金に使っているのか?
SaaS企業が何にいくらお金を使うかは、プロダクト、事業規模、市場により全く異なります。しかし、700社を超える非公開のSaaS企業を対象とした独自調査から、SaaS企業のリーダーならマストで頭に入れるべき業績トップ企業の注目パターンが明らかになったので紹介します。
まず我々は調査データを使い、業績トップ企業 注1)と業績ボトム企業の支出パターンを比較しました。下のグラフは、トップ25%の企業とボトム25%の企業の機能別支出 注2)の費用構成比の差を示しています。
注1: 業績の良し悪しは、GP (Growth/成長率 + Profitability/利益率) = [年間継続収益(ARR)の成長率]+ [EBIT利益or損失の売上比率] に基づき評価。たとえば、成長率40%、売上損失10%だと、GP=40% -10%=30%。時に「40%ルール」と呼ばれる。なお「40%ルール」の詳細は記事「未上場SaaS企業調査 2017 結果 (3) 利益ある成長 “40%ルール”」を参照ください。
注2: ここでのCoGSはCS費用を含まない。%は売上比でなく営業費用合計を100%とした要素構成比。
業績トップのSaaS企業は、CoGS/売上原価(ホスティング、サポート、コンサルティング、サードパーティのソフトウェアなど)を大幅に抑制し、かつG&A/販売費も抑えている点がまず目を引きます。そしてその分を、営業、マーケティング、カスタマーサクセス、プロダクトなど、カスタマーとの直接接点であり、かつ売上を左右する費用項目へ投資しています。
通常、プロダクトの設計が売上原価を規定し、それを変えるのは困難なので、売上原価がより低い事業というのは、その分を成長ドライバーへより効率的に投下していると考えられます。
業績トップ企業とボトム企業の支出パターンを企業規模(ARR: Anual Redurring Revenue)別に比較すると、更に面白いことが見えてきます(下図)。
上図のポイントは以下3点です。
1. 業績トップ企業はボトム企業に比べ、規模が大きくなるほど カスタマーサクセスへより多く投資する(赤い棒のトレンド)。トップ企業は事業が成長して既存カスタマーからの売上比率が上がるにつれ、既存カスタマーを囲い込みむことの重要性を噛みしめるのだと思われる。
2. 売上1,000万ドルを超える業績トップのSaaS企業は、その他のSaaS企業に比べ、営業とマーケティングで規模の経済を実現している。
3. 一方ARR 1,000万ドル以下の2グループに分類される比較的小規模なSaaS企業は、規模にかかわらず、SaaS全般の傾向と類似している。即ち業績トップ企業ほど営業とマーケティングにより多くを費用を使っている。
この傾向は弊社が長年にわたり数多くのSaaS企業を観察してきた結果と一致します。
成長率 + 収益率がより高い業績トップの企業は、グロスマージンがより高い”純粋な” SaaS事業モデルを追求し、そうなることで非常に効率的にスケールできました。また、業績トップ企業は、ほぼ例外なく、スキルが高く予算も豊富なマーケティング組織を持っています。
比較分析から一歩離れ、業績トップ企業の費用構成比を規模別に示したのが下のグラフです。
上図から以下2点が明白です。
・業績トップ企業はボトム企業に比べ売上原価を抑制できているが、SaaS企業は規模が大きくなるほど売上原価比率が増加する傾向がある。
・業績トップ企業は、売上が増加するにつれ研究開発に規模の経済性が大きく働く。
我々はこれらベンチマークの数字が絶対的に正しいとは思っていません。企業ごとにプロダクト、営業、サポートへのニーズが大きく異なり、唯一絶対の「正しいお金の使い方」はありません。
しかしこれらのデータは、あなたのSaaS事業の長年変わらない支出パターンに対し、何らかの問いかけをするのに役立ちます。マネジャーは、特定の機能分野に対し時に過剰・過少と思える投資を死守したり、事業の成長に伴い投資の注力点を変えたりしなければならない、ということを認識する必要があるのです。