SaaSにとって “Good” なリテンションとは (2)

先の投稿「SaaSにとって”Good”なリテンションとは (1)」では、SaaS企業に特化した投資等サービスを展開する米国SaaS Capital社の独自調査レポートに基づき、年間契約金額(Annual Contract Values)別のリテンションに関する分析結果を紹介しました。

 

そこでの教訓は、以下3点でした:

1. 純粋なリテンション能力をみるには、「ネット レベニュー リテンション 注1」よりも「グロス レベニュー リテンション 注2」がの方が最適な指標である。

 

2. 競合他社をベンチマークする時は、まず最初にACV(Annual Contract Values)に基づいてベンチマーク先を分類しなければならない。

 

3. ACVとリテンションとの間には正の相関関係がある。

 

今回はその続編として、操業年数別や企業規模別のリテンション分析をご紹介します。とても示唆深いなと思うと同時に、やはりVCは数字の鬼だなと思いました(当たり前ですが簡単に騙されませんね)。

 

注:SaaS Capital社の許可を頂き原文の和訳を紹介します。


 

操業年数別グロスリテンション

 

上記は、我々が2017年に実施したSaaS企業調査に基づく最新の発見です。創業間もない若い企業は、経験を重ねた企業よりもリテンションの水準が高いことを示しています。

 

私たちはこれを「偽善 (false positive)問題」と呼びますが、創業5年未満の企業や爆速で急成長中の企業はこの問題を本当によく理解すべきです。

 

我々がこれを「偽善問題」と呼ぶのは、若い企業のリテンション水準が高いのは、彼らのカスタマーの大部分は “新規” という事実のせいである、と我々は考えるためです。

 

創業直後の1年間は、全カスタマーとの関係も1歳未満であり、その後の成長率次第ではありますが、さらに数年にわたり、関係が1歳未満の既存カスタマーの割合は50%以上である可能性が高いのです。

 

仮に、あるSaaS事業が創業後5年間、毎年売上が倍増し続けたとしましょう。彼らのカスタマーの期待寿命が、もし3年と大変短かったとしても、古株カスタマーの割合が新参カスタマーを上回るまでの少なくとも最初の6年間は、グロスレベニューリテンションは非常に良い水準を維持し続けるのです。

 

契約した年度別にカスタマーを分類してコホート分析をすることで、見せかけのリテンション水準の背後に潜む本質的なリテンション能力を早い段階で把握することができます。

 

教訓:

SaaS企業のマネージャーや投資家は、創業直後あるいは爆速成長中のSaaS事業のチャーンに潜むこの「偽善」現象を正しく認識すべし

 

 

企業規模別グロスリテンション

今年の調査で発見したもう1つの面白い傾向は、企業の規模に関わるものです。

我々の最初の仮説は、企業が成長してカスタマーサクセスのスキルとリソースが増えればチャーンは減少する、でした。しかし結果は全く逆でした。企業規模が大きくなるにつれ、実はグロスリテンションも悪化し、ネットリテンションはほぼ同水準を維持します。

 

それには2つの要因が考えられます。

 

1) 企業規模は操業年数と相関するため、必然的に規模の小さい企業は若い企業であり、結果、前述の「偽善」問題が表面化している企業です。事業が成熟して一定規模に到達した時に初めて、実力としてのリテンション水準が明らかになるのです。これらの大企業では、カスタマーサクセスがうまく機能し、リテンションの改善に貢献している可能性が非常に高いのですが、残念ながら、彼らのカスタマー基盤が自動的に老朽化することの影響により、その改善効果が打ち消されてしまうのです。

 

2) 大企業になると、チャーンを根絶する方法は見つけられないかもしれませんが、既存カスタマーからより多くの収益を上げる方法は見つけられることが明らかです。SaaS事業が大きく成長するにつれ、クロスセル、アップセル、そして価格引き上げによるプラス効果が、リテンション低下によるマイナス効果を完全に相殺するため、グロスリテンションとネットリテンションの差は徐々に大きくなっていきます。これは、グロスリテンションの実力が許容水準で安定していて、かつネットリテンションを引き上げるための営業効率が悪くない限り、健全な現象です。

 

教訓:

企業が大きくなる(年を重ねる)ほど、カスタマーサクセスはより難しくなると心得るべし

 

 

ネットリテンションに与えるカスタマーサクセスのインパクト

 

この表のおかげで Gainsight社のNick Mehta氏が同社の年次イベントPulseに毎年我々を招待してくれることから、我々はこの表を”ニック”スライドと呼びます。SaaS企業でカスタマーサクセスリーダーが活躍しているという事実は、ネットリテンションという視点において非常に大きな差を生んでいることがわかります。

 

弊社の過去の分析では、ネットリテンションが1パーセント上昇すれば、企業価値は5年間で12%向上することが実証されています。上の表にある水準(6%)へリテンションが改善すれば、売上成長、成長率改善、生産性改善などにより、5年間で企業価値が74%増加すると予測されます。

 

教訓

どんな規模であろうとSaaS企業にとりリテンション水準が高いことの企業価値評価への影響は数年で1000万ドル(約10億円)の差をうむことを肝に銘じるべし

 

 

ネットレベニューリテンションと成長率の相関関係

 

前述の企業評価のポイントを踏まえると、売上と成長率の両方に貢献するリテンションは結果として、SaaS企業の価値評価に相当大きな影響を与えます。

 

また新規契約は成長する上で非常に重要な役割を果たすのは明らかですが、リテンションが内包するほどの強力な影響力はありません。従って成長率とリテンションは長年にわたり常にとても強い相関関係を示すのです。ネットリテンションが1パーセント改善するごとにSaaS事業の成長率は1%上がるのです。

 

教訓

新規売上を安定的に稼ぐのと同様、既存カスタマーからの売上を維持することがとても重要

 

結論

これらのデータは、SaaS企業の役員が業績データをベンチマークすることでチャーンを改善したり、企業の規模拡大に伴うリテンション指標の変化を正しく理解するのに役立ちます。時と共に成長し企業価値を上げていく上で、リテンションがどれほど重要な指標なのかより良く理解し、リソースを正しく配分するのに役立つはずです。

 

注:
1. ネットリテンション=[1年前のアクティブカスタマーからの当月売上高] ÷ [1年前の当月売上高]。一般的な定義でありSaaS Capital社も利用
2. グロスリテンションは、ネットリテンションと同様に計算。但し、同一カスタマーにおいて当月売上高は1年前の当月売上高を超えない

 

(原文)

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