未上場SaaS企業調査 2017 結果 (3) 利益ある成長 “40%ルール”

(旧)パシフィッククレスト社 (2016年よりKBCM Technology Group) の「2017 Private SaaS Company Survey Results」をご紹介するシリーズ、最後の第3回目は「40%ルール」についてです。

 

第1回 リテンションの現状
第2回 コスト構造
第3回 利益ある成長 “40%ルール” ←今回はこれ

 

1回目「リテンションの現状」は 売上成長 、2回目「コスト構造」は 収益性 の話でした。3回目の今回は、 売上成長(グロース) と 収益性(プロフィット) のバランス、つまり「利益ある成長」についてです。

 

「40%ルール (The Rule of 40%)」とは?

質問させてください。「40%ルール (The Rule of 40%)」をご存知でしたか?

 

恥ずかしながら私はカスタマーサクセスに出会うまで知りませんでしたが、シリコンバレーのSaaS業界では常識として議論が進みます。

 

一言でいうとスタートアップの「利益ある成長 = 健全な赤字グロースをしているか?」を測る指標で、
売上成長率(Growth) + 収益率(Profit) = GP率 >40% が望ましい というものです。

 

例えば、収益率(P)が −40%でも売上が 80%成長(G)なら、GP率=40%で 合格! という計算です。

 

なぜ40%なの?根拠は? って思いません? 調べたところ結論は「経験則」。投資先スタートアップを評価するVCの経験則から生まれたルールです。算式のシンプルさ含めいかにも米国だなーと思いました。

 

しかし、まんざらドタ勘でもないようでデータによる裏付けがあるのも米国らしいです。以前紹介した SaaS Capital社の SaaS企業約1,000社の実態調査によるとGP率の中央値は20−35%に収まります。

 

「え、40%以下でいいの?」って思いません? 私は思いました。SaaS Capital社は「A higher GP ratio is generally better, but more context is always needed. (GP率は基本的に高いほど良いが、個社の事業環境を踏まえ慎重に解釈する必要がある)」と強調し、売上規模別データを紹介しています。

 

 

この表に、私なりの理解を加え補足します。

 

・欄外に「40%ルール」は「A best of breed-seeking threshold for an investor」と付記しています。つまり40%とは、VCが有望な投資先としてスタートアップを見極める基準値なので、並み居るスタートアップの実態平均よりは高めです。その点を理解し、目指すべき目標値と考えた方が良さそうです。

 

・中央値は20−35%ですが、平均値はバラツキがあり、調査企業群によっては多少の上振れも大いにあります。上述の表でも平均値は中央値より高めです。

 

・最後に重要なのは、企業規模が大きくなるにつれ GP率は低下する傾向がある点です。つまり、小さいうちはGP率が40%超でも慢心してはならず、成長するほどGP率を40%前後に維持することが重要になる、ということです。

 

以下の図は、SaaS Capital社のSaaS企業調査対象1,000社を売上成長率と収益率の2軸にプロットしたバブルチャートです。この表からはみ出している企業もあります。

 

 

 

(旧)パシフィッククレスト社の 未上場 SaaS企業調査結果:
40%ルール

 

いよいよ本題です。

 

下の図はSaaS企業調査対象企業を売上成長率と収益率の2軸にプロットしたバブルチャートです。

 

  • N=110, G+P >40% : 27,? ?G+P< 40% : 83
  • 注:調査対象企業のうち2016年期末ARRが$15MM未満の企業を除いた

 

GP率が上振れる$15MM以下の小企業を除たため、GP率の中央値は17%と40%の半分以下です。

 

うちGP率40%超の27社(GP率中央値59%! )を40%未満の83社と比較したのが下の表です。

 

  • N=110, G+P >40% : 27,? ?G+P< 40% : 83
  • 注:調査対象企業のうち2016年期末ARRが$15MM未満の企業を除いた

 

面白いのは、40%超の高業績グループと40%未満のその他グループは、規模(2016 Ending ARR)、営業年数(Years in Operation)、投下資本(Capital Consumed)にほぼ差がない点です。これは調査対象企業の分布が規模・年数・投下資本の点で偏りがないという意味なので比較に意味がありそうです。

 

その上で大変目を引くのは、高業績グループがその他グループに比べ非常に秀でている点です。

 

・グロス$チャーン  (6.3% vs 8.3%)

・ネット$リテンション (104% vs 100%)

・新規カスタマーのCAC ($1.11 vs $1.29)

・アップセルのCAC  ($0.46 vs $0.67)

・新規ARRに占める既存カスタマー比(34% vs 29%)

 

皆さんお気付きですね。高業績グループはカスタマーサクセスをしっかり実行できているということです。

 

ネットリテンションが4%もよければ、2−3年後の売上は2−3倍違うので成長率に大きな差が生じます。更に既存カスタマーへアップセルできればコスト効率も桁違いに良いので利益率にも大きな差が生じます。

 

つまり、高業績グループはカスタマーサクセスで成果を出した結果として、VCから有望スタートアップと評価されるにふさわしい”利益ある高成長(40%ルール)”を達成できているということです。

 

カスタマーサクセスがリテンションモデルに必須だという理論を、こうして実際の企業の実績数字で確認できると、改めてその重要性を再認識できます。

 

下の図は、(旧)パシフィッククレスト社が比較し続けている上場SaaS企業を、同様に売上成長率と収益率の2軸にプロットしたバブルチャートです。先の未上場SaaS企業のバブルチャートと比べるとその差は一目瞭然です。

 

 

上場という、スタートアップにとり大きなゴールを達成した企業群なので、GP率は当然良い(35%)です。更に驚くのは、通常、売上規模が大きくなるほどGP率は低下する傾向の中、売上が数1000億円や1兆円を超える大企業に成長してもなお GP率が40%を超える企業が複数ある点です。当然、それら企業のマルチプルは二桁倍率と非常に高い評価です!

 

40%ルールの応用編

米国で最も古い歴史を持つVCといわれる、ベッセマーベンチャーパートナーズ(BVP)が、「The State of the Cloud Report 2017」の中で40%ルールに関連する面白い視点を公表しているのでご紹介します。

 

なお資料の章タイトル「How much should I burn?」は、「(爆速成長には)いくらお金を燃やすべき?」ですが、「え?」って思いません?

 

シリコンバレーでは「(健全に)お金を燃やす」という表現をよく耳にします。日本でも口語で「お金が溶ける(あっという間に消える)」といいますが、不本意ながら消えてしまう、というニュアンスの日本語表現に比べ、「紙幣(紙)を燃やす」にはより積極的な意思が感じられます。

 

私はこの表現を初めて聞いた時、確かスタンフォード大学の教室でしたが、面白いなぁと思いました。というのも、こういう些細な表現からも赤字は厭わずにお金を健全に積極的に投下することに情熱を傾けるシリコンバレー気質が伺えたからです。

 

話を戻すと、BVPは「GP率/40%ルール」を「Efficiency Score」と呼び、

 

CARRの年間成長率(% Growth) + 燃焼率(% Burn) 」で算出します。

 

つまり、PLの売上でなくContracted ARR、PLの利益でなくFCF(営業活動で燃やしたキャッシュ)を用いることでより指標の精度を上げています。

 

細かいですが、先の(旧)パシフィック・クレスト社も BVPと同様「FCF Margin」を用いています。特に上場企業のFCFは公表もされているためその方が良いということでしょう。このように、成長率・利益率といっても具体的にどの数字を使うかはその時々で多少違うので注意が必要です。

 

BVPのEfficiency Scoreのポイントは3点です:

 

1)Efficient Growthの形はいろいろである

合計の○%が同じ水準でも、グロースの爆速性主導なのか、燃焼率の効率の良さ主導なのかで形は全く違うということです。例として、ShopifyとVeevaのEffiency Scoreを分解して紹介しています。

 

 

2)企業の成長フェーズにより目標水準は異なる

SaaS Capital社も強調する重要な点ですが、企業が成長するにつれEfficiency Scoreは低下するため、40%一律でなく成長フェーズに応じ水準を解釈することが必要です。

 

BVPによる、ARR$30MM以上のスタートアップ評価ルールは以下の通りです。

 

 

 

3)小規模スタートアップは Sales Efficiencyで評価する

BVPでは、ARR$30MM未満の創業初期スタートアップは、GP率でなくシンプルにSales Efficiency(>1)で評価します。

 

 

 

最後に学び

・スタートアップならではの「利益ある成長」指標を用いることで「健全な赤字グロースをしているか」チェックすることは重要

 

・経験則のベンチマーク(GP率 = 40%)は1つの目安で、実際は成長フェーズ毎の目標設定が必要

 

・特に創業初期は構造的にGP率が高いため、慢心すると次の成長フェーズを乗りきれないリスクが高い

 

・売上$20-30MM以上、あるいは創業5?6年以降にグロースできるかは、カスタマーサクセスを組織的に推進できるているかに大きく依存
する

 

要は創業期からカスタマーサクセスを意識し “チャーンの偽善問題”が表出する創業5?6年目以降もきちんとグロースさせること、そしてカスタマーサクセスをスケールさせて効率性を上げ収益性を改善することが重要ということです。

 

(おまけ)自動車メーカーのGP率

SaaS業界の40%ルールは、SaaSに限らずスタートアップ全般に適用できるのでは?と疑問に思い、試しに Tesla(2016年) と Toyota(2017年3月期) のGP率を比較してみました。

 

 

予想以上にTeslaのGP率が高くて驚きました。売上が既に1兆円に近いにもかかわらず、GP率 68%です! やはりまだスタートアップなのですね。改めてTeslaの動向に期待してしまいます。

 

実はTeslaは、NPSやCSATがダントツに高いことでも有名です。AppleのNPSもここまで高くありません。

 

      1: Index NPSによる2016年評価、2: Customer Reportによる2016年評価

 

この数字だけで Teslaはリテンションモデルの王と言えそうです。

 

もちろんハードウェア(車)が画期的なのは否めませんが、ハードだけでこのようなダントツのNPS・CSATを記録するのは不可能です。ハードとそれ支える革新的なソフトが一体となったカスタマー体験、そしてその価値提供を支えるカスタマーサクセスが成功の秘訣です!

 

未上場SaaS企業調査を3回シリーズでお届けしました。少しでも学びがあったなあと思われたら、ぜひシェアしてくださると嬉しいです(右下のSNSマークをクリックすると簡単にシェアできます!)!!

YOU MAY ALSO LIKE

海外レポート:SaaStr2019 Dropbox...

READ MORE

チャーンを防止する最高の方法とは

READ MORE